Nachtmusik その2:アイネク・・・

野本由紀夫編著『図解雑学 クラシックの名曲解剖』(ナツメ社、2009年、CD2枚付)
野本由紀夫編著『図解雑学 クラシックの名曲解剖』(ナツメ社、2009年、CD2枚付)

 モーツァルトの《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》K.525のメロディーは、日本人なら大抵の人が聞いたことがあるだろう。「ナハトムジーク」はドイツ語で「夜の音楽」の意。アイネは不定冠詞で英語で言えば"a"、クライネは「小さい」であるから「小さな夜の音楽」、つまり「小夜曲」。

 

 「ナハトムジーク」がどのような機会に演奏されていたかについては、オットー・ビーバさんの講演録に詳しい。注1) この、もっとも有名な「ナハトムジーク」である《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》は、恋人の窓辺でギターを片手に歌う類の音楽ではなく、そもそも小規模な弦楽合奏のために書かれたもので、多楽章から成るディヴェルティメントに近い性質の曲である。

 

 さて、この曲名、日本では(特に演奏する人たちの間では)「アイネク」と略すらしい。いわゆる業界用語としてそのように定着しているようだが、私は「アイネ・クライネ」としか口にしたことがない。昨年7月18日のオープンキャンパスコンサートの際、ヴァイオリンの坂本真理先生がクァルテットを組んで演奏してくださるというので、曲目の相談をした。そのとき、坂本先生のメールに候補曲として「アイネク」の語が…。(相談の結果、実際に演奏していただいたのは「アイネク」ではなく、同じモーツァルトの《ディヴェルティメント》 第1番 ニ長調 K.136であった。)それにしてもドイツ語の感覚からすると、この「アイネク」という略し方は絶対おかしい! 「アイネ」「クライネ」「ナハトムジーク」なのだから。なぜ、「ク」までで止めるの? ウ~ン、そう言えばディスカウントストアの「ドン・キホーテ」は「ドンキ」と略す。これだって変だ。(もっとも子供の頃は「ドンキ」「ホーテ」と区切れるものだと思っていたものだが。) 

↑↑↑ クリックすると拡大されます。
↑↑↑ クリックすると拡大されます。

 もともと5楽章構成だった「アイネク」の2つ目の楽章の自筆譜が行方不明になって、現在の4楽章構成の作品として出版されたこと、冒頭の2小節が上行形と下行形の「左右対称」になっており(メロディーを思い浮かべてください)、この形式美が古典派音楽で重視されたことなど、クラシック・オタクならずともかなり楽しめるエピソードが、野本由紀夫編著『図像雑学 クラシックの名曲解剖』(ナツメ社、2009年、CD2枚付)に書かれている(「アイネク」の箇所の執筆者は松村洋一郎さん)。注2) この種の音楽啓蒙書のなかでは、正確な情報満載で、読み応え(イラスト等の見応え)がある。

 

 聖徳大学は、モーツァルトの自筆譜所有枚数では日本一を誇る機関である。「日本一」の立役者は《セレナード》ニ長調 K.185(通称:アントレッター・セレナード)。この「ナハトムジーク」の第1楽章と第7楽章の自筆譜が1枚残らず本学にある。

 

 さて、第1楽章1枚目の一番下の段に書かれた低弦パートとその2段上のホルン・パートをよく見てもらいたい。「レーミファソラ」「ソーファミレド」の上行形と下行形が反復されている。「アイネク」とまったく同じ構図だ。2つの曲の間に特別の関係はないが、興味深い。違いと言えば、「アイネク」は跳躍音型だが、「アントレッター」は順次進行だ。注3)

 

 「アントレッター・セレナード」と呼ばれる所以は、オットー・ビーバさんと同時に来学されたルドルフ・アンガーミュラーさんが国際シンポジウムでお話くださっている。注4) 「モーツァルトin聖徳2006」については、私が2008年3月発行の『音楽文化研究』第7号で全体を総括・報告しているので、そちらを参照されたい。注5)

 

野本さんと私:2010年11月7日、名古屋で開催された日本音楽学会全国大会の合間に。メンデルスゾーン研究者の星野宏美さんに撮ってもらいました!
野本さんと私:2010年11月7日、名古屋で開催された日本音楽学会全国大会の合間に。メンデルスゾーン研究者の星野宏美さんに撮ってもらいました!

注1)ビーバさんの講演のドイツ語全文と日本語全文(山本まり子訳)はこちらから。

 

注2)野本由紀夫さん(写真)はフランツ・リストの専門家で、30年来の友人。最近はNHK-BSの「名曲探偵アマデウス」の監修者と言ったほうがわかりやすいかもしれない。同名のCD付書籍も出版された。リストは今年2011年が生誕200年に当たるから、さぞお忙しいことでしょう。

 

 

 

注3)自筆譜全体はこちらからご覧になれます。

 

注4)アンガーミュラーさんの講演のドイツ語全文と日本語全文(山本まり子訳)はこちらから。

 

注5)「モーツァルトin聖徳2006 《セレナード》K.185自筆譜関連の学術イベント報告」『音楽文化研究』7: 57-60.

 

[終わり]

 

                              > このページのトップに戻る

 

2017年10月18日更新